48歳から生まれ変わると考えた女のブログ

自分を生きてなかったことに人生折り返しをすぎてから気づきました。

誕生日。生まれた自分にありがとうを伝える日。

今日は49歳の誕生日。家族は誰も気づいてないようですが、そんなことより、自分で自分に心からありがとうを伝える大切な日。

 

1974年4月26日という日をホオポノポノでクリーニング。

 

生まれた日付って自分の代名詞みたいだなとも思う。

 

古くからある「生まれてこなければよかった子」という思いがまだ顔をのぞかせる。ここにすがりついてるんだな、とも思う。

 

なぜなら価値がないって思ってる方がまだ安全、とも思っていた。それなら放っておかれるだけですむから。

 

才能を光らせたり、有能になったりすると、いろんな人の思惑がからんでくるのがいやだったりする。

 

才能や名声求めることのあやうさ、みたいなものをじっと感じてきたと思う。でもそれは無駄ではなかった。

 

それなりの地位や能力を磨いてきた人ほど、他者への批判が強くなるのを目の当たりにしてきた。

 

でも素朴さや、ありのまま、に美しいねと感じる心に愛があるなと思う。能力や名声を求めると、そんな美しさを感じることができなくなるのだなと思う。

 

さて、これからの人生、自分をどんな形で表現していくのがベストかなぁ。

 

目指すものは、これまでとは全く変わると思う。親の価値観で生きてきた間は、人に認めてもらえるものとか、ちゃんとお金になるものとか、じゃないと意味がないってしばられていたけれど、

 

私がやっていて嬉しいな、幸せだなと思えるものを、素直に楽しくてほっこりできていれば、まずはそれがいいのかな、と思う。

 

大義名分はもう何もいらない。

 

ずっとそこに行きたかったんだな、と思う。

 

 

そしていい意味で人の影響を受けないようになりたいなとも思う。わたしはわたし〜とほんわかとしていたいな。

 

わたしにはわたしのいいところがあるんだよ。

 

そんなことを感じた49歳の誕生日。生まれてきてくれてありがとう、わたし。あいしてる。